常識的でいようとしたあの頃から、ようやく抜けた気がする

心を整える

こんにちは、いきもです。

今日、久しぶりに大学の友だちと会います。
その顔ぶれを思い出していたら、
当時の私はとにかく「常識的な自分」でいようとしてたなぁ、と思いました。

非常識な友だちの発言に驚いたり、
行動力のある子を見て「すごいね」と言いながら、
どこかでちょっと馬鹿にしてた。

けど、今振り返れば、彼らは私よりずっと“自分”を持ってたんですよね。
価値観がはっきりしていて、
「こうしたい」「これが好き」が明確だから、
いわゆる“無難な選択”をしなかっただけ。


私は、自分の中にそんな軸がなかった。
だからせめて「間違わないように」と、
“常識的っぽい生き方”を選んでいたんだと思います。

でも今は、少し違う。
「こうありたい」「こうしたい」「こうなりたい」が
少しずつ言葉になってきた。
それは多分、親以外の価値観にたくさん触れられたおかげ。

会社員だった頃、昼休みに本を読んでいたこと。
情報発信を始めようとして勉強したこと。
どれも遠回りに見えて、
今のメンタルや脳の学びにつながってるんだなと思います。


あの頃の私と比べたら、
だいぶ芯がはっきりしてきた。
だから当時より少しだけ、自分に自信がある。

きっと「学ぶこと」と「やってみること」を
少しずつでも続けてきたからなんだと思う。


今は子育てで新しいことなんて何もしてない気がするけど、
よく考えたら、子育てって新しい挑戦の連続なんですよね。

だから、“やらねば”と焦る必要はないのかも。
今やるべきことにちゃんと向き合ってるなら、
それだけでちゃんと前に進んでる。

そう思えるようになった今の私は、
あの頃よりずっと軽やかです。