紙は、いちばん安全な聞き役です
結論から言いましょう。
日記を書くと、ストレス減ります。
頭すっきりします。悩みも減ります。
書きましょう。今すぐ。
怒りのぶつけ場所だった中学生時代の日記
私が日記を書き始めたのは中学生のころ。
最初は「怒りのぶつけ場所」でした。
親に叱られ、友達に傷つけられ、先生に理不尽に怒られて。
でも言い返すこともできず、
「はい、ごめんなさい」としか言えなかった。
だから、ノートにはもう愚痴と怒りのオンパレード。
自己嫌悪と嫉妬が混ざり合ってカオスそのもの。
でも、日記のいいところは、
誰にも否定も説教もされないこと。
紙は、すべてを受け止めてくれる
本当は、人に聞いてほしかった。
でもきっと、誰かに話したらこう言われるのがわかってた。
「それはあなたが悪い」
「もっと努力しなよ」
「親はあなたを思ってるんだよ」
──そうじゃないんだよ、って叫びたくても言えない。
だから私は、紙に全部ぶつけた。
どれだけ自己中なことを書いても、
どれだけ誰かを責めても、
紙は黙って受け止めてくれる。
そして、どれだけ書いてもお返しはいらない。
「聞いてくれてありがとう」も、「ごめんね」も要らない。
ただ“書いて終わり”。それで心が軽くなる。
お返しをしなくても裏切らない存在──それが紙です。
愚痴でも積もると、なぜか嬉しくなる
不思議なんですが、愚痴だらけのページでも、
積もってくると達成感があるんですよね。
私はルーズリーフに書いてましたが、
びっしり並んだ文字の量を見ると、
ちょっと誇らしくなるというか、
「これだけ書いてきたんだな」と思えて。
そのうち、愚痴以外のことも書きたくなって、
旅行の思い出とか、好きな人のこととか。
そうして日記が“自分の記録”になっていきました。
言葉にすると、落ち着く
あるとき気づいたんです。
「言葉にすると、気持ちが落ち着く」って。
もやもやした感情が文字になった瞬間、
ふっと冷めて、形を持つ。
どろどろした溶岩が、
冷えて透明なガラスになるような感覚。
それを何度も繰り返すうちに、
気持ちを言葉にすることが、
いちばんの精神安定剤になっていました。
書くことで、自分が見えてくる
文章を書ける人って、落ち着いてる人が多い気がします。
内省が上手で、感情を観察できる人。
逆に、自分の感情を言葉にできない人ほど、
他人にわかってもらおうとして、
こじれていくことが多い気がします。
書かなくなった理由
今は、ほとんど日記を書きません。
もやもややイライラが、ほとんどなくなったから。
きっと、長いあいだ気持ちを言葉にしてきたおかげで、
感情が、冷めたグラスのように形を持つようになったんだと思います。
今では、嫌なことがあっても数分で落ち着く。
昔は一日中ぐつぐつ煮立ってたのに。
煮詰めすぎて焦げてたなぁ、なんて思います。笑
書くのは、イライラしたときだけでいい
だから今、心が不安定な人にはこう伝えています。
「文字にするといいよ」
「最初は『あ゛ーーーー!!』でも大丈夫」
「うさばらしでいい」
「イライラしたときだけでいい」
気が向いたときだけで、十分。
私だって、バインダーが目に入ったときだけ書いてました。
それでも、ちゃんと効きました。
誰に見せるわけでもない。
こっそりでいい。
紙の中くらい、自分勝手でいいんです。
誰も文句も説教もしてきませんから。


