悲観的でいい。むしろ、それが現実を見てるってこと。
悩み事が尽きなかったり、
「なんで私だけ、こんなに考えすぎちゃうんだろう」って落ち込むこと、ありませんか。
私もそうです。
いつも何かを心配して、先回りして、頭の中でぐるぐる。
楽観的な人を見ては「いいなぁ」と思ってました。
でも、あるとき気づいたんです。
悲観的な人って、現実をちゃんと見ているから悲観的になるんだ。
そしてそれは、悪いことじゃない。
不安を見つけられる人は、改善の種を見つけられる人
心配するって、
「失敗の可能性に気づける」ってこと。
世の中は“気にしすぎ”を嫌うけど、
その感覚の鋭さが、問題を未然に防ぐこともある。
だから今の私は、
「心配性でよかった」と思っています。
不安を感じ取る力は、改善の力でもあるから。
「気にしすぎ」と言われても
私は、人の感情にすごく敏感です。
誰かの表情や空気の揺れをすぐに察してしまう。
放っておけなくて、なんとかしようと動きすぎて疲れることもある。
でも、気づかない人を責める気はない。
ただ、見えている世界が少し違うだけなんですよね。
自分の不安は、自分がいちばんわかっている
他人が動いてくれるのを待つよりも、
自分の不安には、自分で対処したほうが早い。
強い光、匂い、人の怒りの空気。
自分が苦しくなる原因を、できるだけ遠ざける。
逆に、安心できることを丁寧に増やす。
それを続けていたら、驚くほど心が軽くなりました。
「自分の安心を守ることに手を抜かない」
それだけで、世界は少し穏やかになります。
「不安」は敵じゃない。ただのサイン
不安は、
「ここをもう少し整えたほうがいいよ」と教えてくれるサイン。
正体が見えないままだと怖いけど、
知ろうとすれば、たいていは想像より優しい顔をしている。
箱の中に手を入れるのが怖いのは、
中身が見えないから。
でも、のぞいてみたらぬいぐるみだった――
そんなこと、きっと何度もある。
だから、知ること。
調べること。
安心して進むための情報を、少しずつ集めていくこと。
それが「不安を味方に変える」一歩です。
まとめ
悲観的な人は、現実をよく見ている人。
不安は悪ではなく、改善のサイン。
正体を知れば、怖さは小さくなる。
不安を消すより、「安心の仕組み」を作ればいい。
悲観的であることは、欠点じゃない。
それはきっと、丁寧に生きようとする感性の証拠。


