「べき」に流されないために

心を整える

息苦しさって、他人のせいにしたくなるけど、
実は、自分が自分を追い詰めてるときにも起きる。

「こうするべきなのにできない」
「ああなるべきなのに、まだ…」
そんな言葉が、無意識に頭の中をまわってる日。

かつての私は、“ちゃんと生きる”ためにいつも必死だった。
早起きして家事をこなし、家族の機嫌を気にして、
休むことにすら罪悪感を覚えてた。

けど、どれだけ「正しく」しても、満たされない。
ちゃんとやってるのに、なんだか苦しい。
ある日ふと、
「ああ、これが“べき”に縛られてるってことなんだ」
と気づいた。


自分の基準を取り戻す暮らし

それから少しずつ、自分のペースを探す実験を始めた。
午前中はのんびり家の片づけをして、昼に散歩がてら買い物へ。
夜はお風呂のあと、家族と話しながらゆっくりご飯。

本を読んだり、ブログを書いたり。
一見なんでもない時間が、心を整えてくれることに気づいた。

周りから見れば、怠けてるように見えるかもしれない。
でも今の私は、これくらいが“ちょうどいい”。
余裕があるぶん、家族にも穏やかでいられるし、
やる気がある日はちゃんと行動できる。


「知る」と「試す」で、自分に戻る

結局のところ、“自分の基準”をつくるには、
試行錯誤の繰り返ししかない。

そのときに支えになるのが、知識と小さな刺激。
本で誰かの考えに触れたり、
いつもと違う道を歩いてみたり。
小さな一歩が、心をほぐしてくれる。

そうやって少しずつ、
「これが自分には合う」「これは違う」
という感覚を育てていけばいい。


無理のない範囲で、知る・試す・休む。
それだけで“べき”の声は少しずつ遠のいていく。