失敗が怖い。動けない。そんな私が少しずつ変われた話

心を整える

子どものころ、失敗するたびに怒られていました。
カレーをよそって落としたり、コップの水をこぼしたり。
母の思うように動けないたびに、
「なんでそうなの」「しっかりしてよ」と言われる。

そのうち私は、失敗=怒られる という式を心の中に刻みつけていました。
何かをやっても、きっと叱られる。
だからできるだけ「安全なこと」だけを選ぶようになっていきました。


大人になっても、同じ恐怖を抱えたまま

就職してからも、それは続きました。
初めての仕事、初めての人間関係。
失敗したら「使えないやつ」と言われるかもしれない。
そんな不安で、毎日お腹が痛くなるほど緊張していました。

でも、思っていたような「怒り」は起こらなかったんです。
ミスをしても、職場の人たちはただ淡々と
「ここを直そう」「こうすればいいね」と言ってくれた。

怒鳴られも、否定もされなかった。
そのとき初めて、「あれ、怒られるのが普通じゃないんだ」と気づきました。


私が怖がっていたのは“失敗”ではなく“怒り”だった

振り返ってみると、
私が恐れていたのは「失敗」そのものじゃなかったんです。
“怒られること” ――つまり、他人の感情 でした。

「失敗したら誰かが怒る」
「怒られたら自分が否定される」
この思い込みがずっと私を縛っていたんですね。

でも、怒るかどうかは相手の問題。
その人の余裕のなさや状況にも左右される。
私の価値とは、まったく関係がないことだったんです。


失敗=経験に変わると、世界がやわらかくなる

それからは、「失敗しても大丈夫」と少しずつ思えるようになりました。
なぜなら、失敗しても“怒られない世界”を体験できたから。
失敗しても、それを直せばいいだけだとわかったからです。

もちろん、全部うまくいくわけではありません。
けど、ミスした瞬間に
「怒られるかも」ではなく「どうリカバリーしよう」に意識を向けられるようになった。
それだけで行動の怖さがぐっと減りました。


努力は、苦しみじゃなくて“自分を支える時間”

昔は、「努力=つらいもの」だと思っていました。
でも今はちょっと違っていて、
努力って“自分を大切に扱う時間”なんだと思うんです。

挑戦するたび、失敗するたび、
私は少しずつ「怒られる世界」から離れていった。
その過程そのものが、自分を守る力を育ててくれた気がします。


おわりに

もし今、「失敗するのが怖い」と感じている人がいたら、
それはあなたが怠けているからじゃありません。
過去に“怒られた痛み”を、ちゃんと覚えているだけ。

その痛みを知ってる人ほど、
他人のミスにも優しくなれる。
そして、優しさはきっとあなたを動かす力にもなる。

焦らなくていい。
ゆっくり、自分のペースで。
“失敗しても大丈夫な世界”を、少しずつ広げていこう。