娘の「べーっ」に傷ついた日のこと

子どもとわたし

娘は小さいころから偏食気味で、
食べたことのないものは、まず受けつけない。
最近は「食べてみる」と言って
ほんの小さじ一杯ぶん挑戦できるようになったけど、
少し前までは、気に入らない味だとすぐ「べぇーっ」。

出してもいいけど、ティッシュにしてね、と言う私に、
わざわざ見せるように舌から出してくる。

頭ではわかってる。
子どもって、相手を傷つけようと思ってそうしてるわけじゃない。
でもね、「これなら食べられるかな?」と思って
時間をやりくりして作ったものを
あっさり拒絶されるのは、やっぱり堪える。

赤子を抱えながら作ったご飯を
「なにこれ?」みたいにされると、
悲しさと怒りが一緒に押し寄せてくる。

ご飯を作るのは、嫌いじゃなかったはずなんです。
でも拒絶され続けるうちに、
「自分って料理好きじゃなかったのかも」
「得意だと思ってたけど、違ったのかも」
そんな受け入れがたい気づきに
向き合わされることもありました。


もちろん、娘が悪いわけじゃない。
「ママのごはんおいしいよ♡」って言ってくれるし、
「いつもありがとう」だって言ってくれる。
でも、彼女にはまだ“労力”という概念がない。
ママがどんな手間でごはんを作っているか、
理解できないのは当然だ。

それでも傷つく自分がいた。
「もう作るのやだ」って思った。


そんなある日、ふと開き直った。

もう、理想のごはんづくりはやめよう。
Amazonでプリキュアカレーを10個まとめ買いして、
娘が食べられるメニューだけを常備。
「今日なに食べたい? ○○と○○なら出せるよ」
そうやって、食卓をシンプルにした。

私と夫は普通のごはんを食べるけど、
娘には“安心できる味”を。

「野菜は添え物でいい」
「食で大事なのはバランスじゃなく、安心と楽しさ」

そう割り切ったら、心がずいぶん軽くなった。


世の中の“こうあるべき”に合わせて、
自分のメンタルを削る必要はないんだと思った。
娘の「べーっ」は、
“安心できない”とか“楽しくない”というサインだったんだ。

そして子どもに本当に必要なのは、
栄養でもマナーでもなく、
まず「安心感」なんだって気づいた。


そうしてしばらく経った今、
娘は少しずつ、知らない味にも挑戦するようになってきた。
私の中の理想とは程遠いけど、
元気で、笑って、よく寝ている。

それでいいんだと思えるようになった。

「ママかわいそうだから食べた」って言われて
思わず笑っちゃうこともあるけどね。


私は私のやり方で、
自分のこころと、娘の安心を守っていけばいい。

それが、たとえ世の中の“普通”とずれていても。